キャンセルに関する合意書(不動産鑑定士)とは?
キャンセルに関する合意書(不動産鑑定士)とは、不動産鑑定士や不動産鑑定業者へ依頼していた不動産鑑定評価、価格調査その他の業務を途中で取りやめる際に、業務終了の条件や費用の精算方法などを依頼者と不動産鑑定士の間で確認するための書類です。不動産鑑定業務では、正式な鑑定評価書が完成する前であっても、すでに現地調査、登記情報等の取得、資料分析、取引事例の収集、価格形成要因の分析などが進められていることがあります。そのため、単に依頼者がキャンセルを申し出ただけでは、どこまで業務が行われていたのか、報酬をいくら支払うのか、実費を誰が負担するのかといった問題が残る可能性があります。キャンセルに関する合意書を作成しておけば、主に次のような事項を書面で確認できます。
- キャンセルする鑑定業務の内容
- 業務を終了する日
- キャンセル時点までに実施された業務
- 報酬やキャンセル料の金額
- 資料取得費や交通費などの実費
- 既払金の返金や追加支払
- 作成途中の鑑定資料や成果物の取扱い
- 依頼者から預かった資料の返還
- 秘密情報や個人情報の取扱い
特に不動産鑑定では、依頼を受けた直後から調査や資料取得に費用が発生することがあります。そのため、業務をキャンセルするときは、口頭やメールだけで終了させるのではなく、キャンセル時点の状況と精算条件を合意書として残しておくことが重要です。
キャンセルに関する合意書が必要となるケース
不動産鑑定士への依頼を取りやめる理由はさまざまです。依頼者側の事情だけでなく、対象不動産を取り巻く状況が変化したことで、当初予定していた鑑定評価自体が不要になるケースもあります。
代表的な利用ケースを確認しておきましょう。
1. 不動産の売却計画が中止になった場合
不動産を売却するために鑑定評価を依頼したものの、所有者が売却を取りやめたり、別の方法で資産を保有することになったりした場合には、鑑定業務を途中で終了することがあります。この場合、キャンセル時点ですでに現地調査や資料収集が行われている可能性があるため、それまでの業務に対応する報酬や実費について精算する必要があります。
2. 相続や遺産分割の方針が変更された場合
遺産分割や相続財産の評価を目的として不動産鑑定を依頼したものの、相続人間の協議によって不動産を売却することになった場合や、評価方法について別の方針が採用された場合などには、依頼を取りやめることがあります。複数の関係者が存在する案件では、誰の判断によって依頼を終了したのかについても記録を残しておくと、後日の確認が容易になります。
3. 融資や担保設定が不要になった場合
金融機関への提出や担保価値の確認を目的として鑑定評価を依頼していたものの、融資計画そのものが中止された場合には、鑑定評価書が不要になることがあります。こうした場合でも、鑑定士側ですでに資料取得や分析が進んでいれば、実施済み業務について一定の報酬や費用が発生する可能性があります。
4. M&Aや企業取引が中止された場合
M&A、事業譲渡、組織再編などに伴い企業が保有する不動産を評価している途中で、取引そのものが中止されるケースもあります。企業案件では多数の不動産を対象として調査が進められることもあるため、キャンセル時点までに完了した業務と未実施の業務を区別しておくことが重要です。
5. 依頼内容を変更して別の業務へ切り替える場合
正式な不動産鑑定評価を依頼していたものの、途中で簡易的な価格調査へ変更するなど、業務内容そのものを見直すことも考えられます。このようなケースでは、元の依頼を終了させたうえで、新しい業務内容について改めて契約や依頼内容を整理すると、双方の認識を明確にできます。
キャンセルに関する合意書に盛り込むべき主な条項
不動産鑑定業務のキャンセル合意書では、単に「依頼をキャンセルする」と記載するだけでは十分とはいえません。実務上は、次の事項を整理しておくことが重要です。
- 対象となる鑑定業務
- キャンセル日・業務終了日
- キャンセル対象となる業務の範囲
- キャンセル時点の業務進行状況
- 報酬・キャンセル料
- 資料取得費や交通費などの実費
- 既払金と返金額・追加支払額
- 作成途中の成果物の取扱い
- 未完成資料の利用制限
- 預かり資料の返還・廃棄
- 秘密保持・個人情報の取扱い
- 原契約との関係
- 債権債務の確認
- 損害賠償
- 準拠法・合意管轄
キャンセルに伴って問題になりやすいのは、特に報酬、実費、作成途中の資料の3点です。これらについて具体的に記載しておくことで、業務終了後のトラブルを防止しやすくなります。
条項ごとの解説と実務ポイント
1. 対象業務に関する条項
最初に、何をキャンセルするのかを明確にします。不動産鑑定士との間で複数の物件や複数種類の業務を依頼している場合、単に「鑑定業務をキャンセルする」と記載すると、どの業務まで終了するのか分からなくなる可能性があります。
そのため、
- 業務名
- 対象不動産
- 所在地
- 原契約締結日又は依頼日
- 当初の納品予定日
などを記載し、キャンセル対象を特定します。一部の物件や業務だけを取りやめる場合には、「キャンセル対象業務」を個別に記載し、それ以外については従来の契約を継続する旨を定めておくことが有効です。
2. キャンセル日・業務終了日に関する条項
キャンセルの効力がいつ発生するのかも重要です。例えば、依頼者が8月1日にキャンセルを申し出ても、不動産鑑定士が8月3日まで必要な整理作業を行っていた場合、どの時点までの業務を報酬計算の対象とするのかが問題になることがあります。そのため、「○年○月○日をもって対象業務を終了する」と具体的な日付を定めておくことが望ましいでしょう。
3. 業務進行状況に関する条項
不動産鑑定業務は、依頼を受けてから鑑定評価書を交付するまでに複数の工程があります。
キャンセル時には、例えば、
- 依頼内容の確認
- 必要資料の確認・取得
- 対象不動産の現地調査
- 登記情報や公図等の確認
- 取引事例等の収集
- 価格形成要因の分析
- 評価額の検討
- 鑑定評価書等の作成
などのうち、どこまで進んでいるのかを確認します。「実施済み業務」と「未実施業務」を分けて記載すると、キャンセル料や報酬を算定する根拠も明確になります。
4. 報酬・キャンセル料に関する条項
キャンセル時に最もトラブルになりやすい項目の一つが費用です。
当初の鑑定報酬だけではなく、
- 実施済み業務に対応する報酬
- 契約で定められたキャンセル料
- すでに発生した実費
- 依頼者が支払済みの金額
- 返金する金額
- 追加で支払う金額
を分けて確認することが重要です。例えば、着手金をすでに受領している場合には、その全額を返金するのか、一部を実施済み業務の報酬として充当するのかを明確にします。
5. 実費に関する条項
不動産鑑定では、業務の途中で外部費用が発生する場合があります。代表的なものとして、登記事項証明書、公図、地積測量図などの資料取得費や、現地調査に必要な交通費・宿泊費などが考えられます。すでに発生した実費については、鑑定評価書が完成していなくても費用負担が問題になる可能性があります。そのため、報酬とは別に実費を記載しておくと精算内容が分かりやすくなります。
6. 成果物に関する条項
キャンセル時点では、鑑定評価書や価格調査書などが作成途中であるケースがあります。ここで注意したいのが、作成途中の資料と正式な成果物を区別することです。鑑定評価書として完成していない分析資料や計算資料などについて、依頼者が当然に受領できると考えていると、認識の相違が発生する可能性があります。そのため、キャンセル時点で完成していない成果物については完成・納品義務がないことや、作業途中の内部資料は原則として納品対象としないことを明確にしておくことが考えられます。
7. 未完成資料の利用に関する条項
途中段階の評価資料が依頼者へ渡される場合には、その利用方法にも注意が必要です。検討途中の価格や資料は、正式な鑑定評価の最終結果とは限りません。そのような資料が第三者に提出され、「不動産鑑定士による正式な評価額」として扱われると、依頼者だけでなく鑑定士側にも問題が生じる可能性があります。そのため、未完成資料については、完成した鑑定評価書であるかのように表示したり、第三者に誤解を与える方法で利用したりしないことを定めておくことが重要です。
8. 預かり資料の返還に関する条項
鑑定業務では、依頼者から契約書、図面、賃貸借関係資料、収益資料などを預かることがあります。キャンセルした場合には、原本資料をいつ返却するのかを確認しておきましょう。一方、法令や業務管理上の理由から一定の資料を保存する必要がある場合も考えられます。そのため、すべての資料を一律に廃棄すると定めるのではなく、保存が必要な資料については適切に管理する形にしておくことが実務上重要です。
9. 秘密保持・個人情報に関する条項
鑑定業務をキャンセルしても、それまでに取得した情報に関する秘密保持の必要性がなくなるわけではありません。不動産鑑定では、対象不動産に関する情報だけでなく、依頼者の資産状況、取引計画、相続関係、企業の財務情報などを取り扱う場合があります。そのため、業務終了後も秘密情報を適切に取り扱うことを確認しておく必要があります。プロジェクトで参照している契約書レベルでも、契約終了後を含む情報管理や資料の返還・廃棄を明確にする構成が採用されています。
10. 原契約との関係に関する条項
すでに不動産鑑定評価契約書や業務委託契約書を締結している場合には、その契約とキャンセル合意書との関係を明確にする必要があります。例えば、キャンセルや精算については新しい合意書を優先しつつ、秘密保持、個人情報、成果物の権利などについては原契約の条項を存続させる方法があります。これによって、「キャンセルしたから元の契約内容がすべて無効になった」という誤解を防ぐことができます。
11. 債権債務の確認に関する条項
キャンセルに伴う精算が完了した後も、追加料金や返金をめぐって請求が発生すると、合意書を作成した意味が薄れてしまいます。そこで、合意書に定めた支払、返金、資料返還などが完了した時点で、対象業務について相互に債権債務がないことを確認する条項を設ける方法があります。ただし、合意時点では判明していなかった事情などまで一律に処理することが適切とは限らないため、案件に応じて対象範囲を検討する必要があります。
12. 準拠法・合意管轄に関する条項
万が一、キャンセル料や返金などをめぐって紛争が発生した場合に備え、日本法を準拠法とすることや、第一審の裁判所を定めておくことも考えられます。特に法人間の取引や遠隔地の依頼者から鑑定を受任する場合には、どの裁判所を管轄とするのかをあらかじめ明確にしておくことで、紛争発生時の手続を整理できます。
キャンセル料を定める際の注意点
キャンセルに関する合意書を作成する際、単純に一定額のキャンセル料を記載すればよいとは限りません。重要なのは、原契約の内容と実際の業務進行状況を確認することです。
例えば、契約時に、
- 着手前はキャンセル料なし
- 現地調査後は報酬の一定割合
- 評価作業開始後は実施済み業務相当額
- 成果物完成後は報酬全額
などの条件を定めている場合には、原則としてその内容を踏まえて精算条件を決めることになります。一方、キャンセル条件を事前に定めていなかった場合には、実施済み業務、発生済み費用、当初の契約内容などを確認し、甲乙双方で精算額について合意することが重要です。
キャンセル合意書と契約解除通知書の違い
キャンセルに関する合意書と混同されやすい書類として、契約解除通知書があります。キャンセル合意書は、依頼者と不動産鑑定士の双方が、業務を終了することや精算条件について合意して作成することを想定した書類です。これに対して契約解除通知書は、一方当事者が契約上又は法令上の根拠に基づいて、相手方へ契約解除の意思表示を通知するために用いられることがあります。したがって、双方が話し合いによって業務終了と精算条件に合意できている場合には、キャンセル合意書によって処理する方法が適しています。
キャンセルに関する合意書を作成する際の注意点
キャンセル対象を具体的に特定する
複数物件をまとめて依頼している場合には、「鑑定評価業務をキャンセルする」とだけ記載するのではなく、対象不動産や業務名を具体的に記載しましょう。一部キャンセルの場合は特に、継続する業務との区別が重要です。
キャンセル時点の進行状況を確認する
費用をめぐる認識の相違を防止するため、どの作業まで終了しているのかを確認します。必要に応じて、現地調査済み、資料収集済み、評価作業中など、実際の状況を具体的に記載すると分かりやすくなります。
返金額だけでなく計算の前提を明確にする
例えば「10万円を返金する」という結論だけでは、後からその金額の根拠が分からなくなる可能性があります。当初報酬、実施済み業務の報酬、キャンセル料、実費、既払金を分けて記載すると、最終的な返金額又は追加支払額を確認しやすくなります。
作成途中の資料を正式な鑑定評価書と混同しない
不動産鑑定業務では、評価過程でさまざまな資料が作成されます。しかし、それらが必ずしも正式な最終成果物として使用できるとは限りません。途中資料を依頼者へ交付する場合には、その位置付けや利用条件を明確にしておくことが重要です。
電子契約にも対応できる形にする
キャンセル合意書は紙で作成して記名押印する方法だけでなく、当事者が合意した方法によって電磁的に締結・保存する運用も考えられます。電子契約を利用する場合には、最終的に合意した文書を双方が確認できる状態にし、締結後のデータを適切に保存しておくことが大切です。
キャンセルに関する合意書を作成するメリット
キャンセル合意書を作成する最大のメリットは、「依頼をやめた」という事実だけではなく、その後の処理まで一つの文書で整理できることです。不動産鑑定は専門的な調査・分析を伴うため、成果物が完成していなくても、鑑定士側では相当程度の作業が行われている可能性があります。
合意書によって、
- いつ業務を終了したのか
- どこまで業務が進んでいたのか
- いくら精算するのか
- どの資料を返却するのか
- 途中成果物をどのように扱うのか
を明確にしておけば、依頼者と不動産鑑定士の双方が共通認識を持った状態で契約関係を終了できます。
まとめ
キャンセルに関する合意書(不動産鑑定士)は、不動産鑑定評価や価格調査などの依頼を途中で取りやめる際に、業務終了とその後の処理について依頼者と不動産鑑定士が合意するための書類です。特に重要なのは、キャンセル日だけではなく、実施済み業務、報酬、キャンセル料、実費、返金又は追加支払、成果物、預かり資料などを具体的に整理することです。不動産鑑定では、正式な成果物が完成する前から調査や資料取得などの作業が進行するため、キャンセル時の条件が曖昧なままだと、費用や成果物の取扱いをめぐって認識の相違が生じる可能性があります。そのため、キャンセルが決まった段階で双方が業務の進行状況を確認し、精算条件まで含めて書面化しておくことが重要です。